0コメント

本田幸介+國本館『各種家禽冩生圖』明治36年(初版)

本田幸介(1864-1930)+國本館 實業圖畫第一號『各種家禽冩生圖』明治三十六年十一月二十三日(初版)發行 國本館大迫貫爲刊
本田幸介+國本館『各種家禽冩生圖』明治36年(初版)
あれこれやっているうちに、だいぶ間が空いてしまった。
傾ぎ始めた本の山の積み替えをするうち、暫く行方が知れなくなっていた掛図が何本か出てきたので、この際取り上げてみることにする。
この図はニワトリを中心に、飼いならす鳥の種類を示したもの。標題に「實業圖畫(実業図画)」とあるところからすると、実業学校の農芸科用教材として企画されたものではないかと思う。「第一號」とあるからにはシリーズ物なのだろうが、続刊が実際にあったのかどうかは不明。
採卵用、食肉用、兼用、愛玩用に区分けして色々なニワトリが丁寧に描かれている。今日では馴染みのない品種もあって、こんなに豊かなヴァリエーションが明治の日本にはあったのか、と感歎してしまう。下の方にはニワトリ以外の家禽の例としてシチメンチョウ、ガチョウ、アヒル、そしてホロホロチョウが示されている。
終いのところにはこうした鳥の品種毎の特徴を含めた基礎知識や飼い方のコツ、卵の保存法に至るまでかなり詳しく解説してある。
熊本学園大学海外事情研究所『海外事情研究』第40巻第1号に載っている資料 土井浩嗣「本田幸介関係文献目録」
http://www3.kumagaku.ac.jp/research/fa/files/2012/10/b97f1b9216e565b6b97f60c7a1fd6c8c.pdf
によると、図と解説とを担当した本田幸介は当時、ドイツ留学から帰国後着任した東京帝大の教授として畜産学を教えていた人物。国内では最も早い、明治三十二年に農学博士号を授けられたうちの一人とのこと。同三十九年には韓國統監府に招聘され、大正九年に病を得て帰国するまで同地の農政に主導的役割を果たしたのだそう。
ところで、下端欄外に刊記があるのだが、恐らく補強用に紙を上から貼りつけたとみえてよく見えない。外光に透かしてみると何とか読み取れるが、編集者兼版元の「國本館」大迫貫爲は、その珍しい名前からして浅草六区で海中世界パノラマの見世物小屋「珊瑚閣」を明治三十三年に始めた人物と同一人と思われる。同三十五年からは博物標本を展示する「珍世界」に衣替えしたが、同四十一年に店仕舞いしたとか。かなり人気はあったらしい。
そこに至るまでの大迫の半生については、国会図書館デジタルコレクションの『現代實業家月旦 天才乎人才乎』
dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/778416/40
や、横浜市立図書館デジタルアーカイブ 都市横浜の記憶の『亰濱實業名鑒』
www.lib.city.yokohama.lg.jp/Archive/DTRP0320?SHIRYO_ID=2467
に詳しいが、地元の漁業会社に始まって、金属鉱山をいくつも買って一山当てたり、オリジナルの香水を売り出したところ宮家のお買い上げで評判になったり、と二十世紀初頭にはかなり手広く事業を展開して相当の財産を築いていたようだ。

追記:横浜市立図書館デジタルアーカイブ「都市横浜の記憶」収録の『亰濱實業名鑒』は、まるまる1冊分のPDFファイルにて掲載されているが、ファイルサイズが260MB超という巨大データのため、閲覧者の便宜を図るべく「大迫貫爲」記事を含む見開きページのみここに掲げておくことにする。
大迫貫爲君@明治40年亰濱實業新報社『亰濱實業名鑒』(亰濱實業新報社).png

この記事へのコメント